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木曜日, 4月 15, 2010

知行合一

【知行合一(ちこうごういつ)とは】
知って行わないのは、未だ知らないことと同じであること。

4月13日の立川流落語会、世間で言う家元立川談志復活記念の会はこの一言に尽きる。
極論だが、何かアクションを起こしたものが一番偉い。
世の中の批判のほとんどはアクションを起こしていない人、起こせない人、起こさなかった人の戯言だ。
例えば、孫正義さんが日本でブームの終わったインベーダーゲームを買い取ってアメリカに持って行って儲けたのも「知行合一」の最たるもので、それを「俺も同じこと考えてた・・・」と後で語るやつは残念ながら世の中に何の一石も投じれない。

家元立川談志が「伝統を現代に」とか落語の衰退を予想し嘆いた時は、おそらく周りに何も考えないまま、ただ落語を喋ってるだけの人達が多かったからだろう。
その「平和ボケ」した雰囲気が「考える人」立川談志には何かむずがゆくって居場所がなくて許せなかった。
家元!そうですよね?僕もたまに会社でこんな状況になるんです。(って、家元と手前ぇを一緒のステージで語るな!)

CD立川談春「20年目の収穫祭」のボーナストラック【談志のお墨付き】で

『(九州吹き戻し)こういう噺をやろうという了見、不完全であろうが何であろうが今ここでやりたいんだという了見がないやつに新しい芸などできない』

この思想が昨日も今までも家元談志を高座に上がらせた原動力でありモチベーションであったろうと思う。
その了見を目の前でまざまざと見せつけられた。
それは家元の前に上がった志らく「茶の湯」にも談春「庖丁」にも見られた。

リーダーたるもの一貫した思想をいかに示せるか、それを身を持って見せつけるか、それにいかに共感させるか。
その答えは下手なリーダー論の本より立川談志の落語にいっぱい詰まっている。

◆4月13日(火) 立川流落語会 at 新宿紀伊國屋ホール
談修 宮戸川・上
志らく 茶の湯
談春 庖丁
談志 ジョーク〜落語ちゃんちゃかちゃん
   首提灯 

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